抗がん剤の歴史
西洋薬は(伝統医学から取り入れられたものを除けば)生薬中の有効成分のみを抽出、精製した薬効成分、あるいはそれらを基に合成した、化学物質によりなる薬剤を用います。よって、化学構造が一定であり、品質が一定のものを大量生産しやすいのは大きなメリットです。 抗がん剤は、確実で強力な作用を持つ特効薬が良薬とされる傾向があり、目的に付随した副次的な毒性があっても止むを得ず、またその毒性によって生じる副作用の程度こそが投薬中止の目安になっていることさえあります。
「Chemotherapie(化学療法)」という言葉は、現在ではがんに対する治療のこと=抗がん剤を使用したがん治療のことと理解されていますが、元来は〈細菌感染の治療〉に化学物質を使用する抗菌治療を意味していました。抗がん剤の歴史は20世紀初頭のドイツの医学者 パウル・エーリッヒにまでさかのぼることができます。
抗がん剤:パウル・エーリッヒ
1854年3月14日ポーランドのシレジア生まれ
1908年免疫学の研究を評価され、ノーベル医学生理学賞受賞。後、1912年には、ヒ素化合物の606番目にあたる化合物が梅毒に有効であることを発見しました。この化合物による劇的な効果は当時の医学会に衝撃を与え「魔法の弾丸」とまで呼ばれています。ここに化学療法による病気治療の道は開かれました。
常に医学は戦争と共に発達していますが、がんに対して有効な化学物質の研究もまた、2度の世界大戦の中で、化学兵器の発達と共に強力に推し進められてきた。1960年代、抗がん剤治療は血液のがんや小児がんの治療において明確な実績を残してきた。だが、それ以降、現在に至るまで人の固型がんの治療においては、目覚しい効果が得られず、30年以上経過した現在においても抗がん剤は「約10%の種類のがんに対してのみ有効な治療法。その限られたがん患者群においても、奏功率は2、3割の患者に対してのみ、一時的な腫瘍の縮小が見られますが、根本的な治療は望めません。更に、抗がん剤は著しく患者の生活の質を貶める可能性がある。」といった成果を超えてはいけません。日本だけに限らず、国際社会一般のイメージにおいても、がん治療の現場において抗がん剤は最も悪しき治療法と認知され(現実的な実用性とは必ずしも一致しないのだが)まだ化学療法に対する不信感は根強いです。
【にゅうぼうおんぞんりょうほうがいどらいん】
1999年に日本乳癌学会が発表した乳房温存療法を行う際の指針。乳房温存療法の適応条件や術後の放射線療法の標準的な方法などが記されています。日本乳癌学会のホームページで閲覧可能。
【にゅうぼうせつじょじゅつ】
乳房全体とわきの下のリンパ節を切除する方法。乳房全部を切除するので、患者の精神面への影響が大きい。また、リンパ節を広範囲に切除するため、腕のむくみなどの後遺症が起こりやすくなります。
【はいぱーさーみあ】
温熱療法とも呼ばれます。がん細胞は正常細胞に比べて熱に弱いため、約43℃まで加熱すると、正常細胞を障害することなく、がん細胞にダメージを与えることができます。マイクロ波やラジオ波を使って腫瘍をあたためる方法が一般的で、抗がん剤や放射線と併用して効果を高めることを期待して行われることも多くあります。保険適用になってはいるものの、機械を設置している施設が少ないのが欠点です。